夜空に輝く満点の星空のように、チェロのアンサンブルを通して煌きたい。
東北チェロアンサンブル「銀河」
東北の地に生まれた新しい音楽の楽しみ方です。

 

「白鳥」  

     
チェロの名曲というと、たくさんあるけれど、まず思い出す曲に「白鳥」がある。
サン=サーンスの組曲「動物の謝肉祭」の第13曲目に入っている。
この組曲は言うまでもなく名曲揃い。どの小品も個性的で情景が思い浮かぶ。
この「白鳥」はその中で唯一サン=サーンスが生前に出版を許したもので、
以来舞台芸術とともに親しまれてきた。
ピアノで伴奏することが多いが、2台4手の伴奏になると1台2手伴奏のベースとなるアルペジオの流れの上に
さらに水音や小さな羽搏きのような装飾音が入れられ、
絵画を眺めるような描写を得てより立体的な響きになる。
 
チェロを弾く身となった以上、やはり「白鳥」を弾きたい。それも優雅に弾きたい。
スローモーションでフワッと羽ばたく姿が思い浮かべられるように。
 
いろんなチェリストの「白鳥」を聴きに行ってきた。
ひたすら儚い白鳥。気高い白鳥。優しい白鳥。力強い白鳥。
哀しみをまとう白鳥。瀕死の白鳥。
浮かび上がる白鳥の表情に引き込まれた。
 
何とか音を追ってみる。
様々なボウイングを試してみる。
しかしどうにも力んで妙なコブシが入ってしまう。ヴィブラートもまちまち。
よろけた白鳥。優雅とは程遠い。
羽根の汚れたガチョウのようだなと自分でも思う。
 

伊豆沼の白鳥たち

近道などもちろんないのだが、少しでもヒントが欲しくて、先日、県北の伊豆沼に出掛けた。

ここは白鳥の飛来地として有名だ。水面が凍らずに越冬できる北限にあるため、
この辺りの湿原には日本に飛来する渡り鳥の7割が寄るという。
 
近くで見る白鳥はかなり大きい。オオハクチョウだ。
時おり筋肉の発達したその翼を広げると2mほどある。すごい迫力だ。
「コォーッコォーッ」と大声で鳴いている。
 
飛び立つ時は重い体重に揚力をつけるため、
水掻きの発達した足で水面を蹴りながら30mくらい助走する。
あら。
何だかあんまり優雅じゃない。
エサを取る時は近くのカモたちに先を越されている。
白鳥は表情を変えないが、どうやら水中では必死に足を掻いているらしい。
 
それほど人が居なかったから「白鳥」のフシを伴奏部分から口ずさんでみた。
ん、、少なくとも目の前にたくさん群れている白鳥の姿とは重ならない。
 
北国の春は、日一日と歩幅を広げるように日が伸びる。

横から射していた陽の光が少しずつ上がっていく。
路端の草木が明るい彩りになっていく。
 
いつか優雅に聴こえる「白鳥」が弾けるように。白鳥の様々な姿を写しとれるように。
足をバタバタさせ続ける。必死に水面を蹴る。
 
伊豆沼に出掛けた数日後、マガンがシベリアに帰り始めたとニュースでやっていた。
後を追って白鳥も向かうのだろう。そしてまた来冬に2つの故郷を往き来するのだろう。


 

「チェロに恋して60年」  

     髙坂 知節 


私がチェロという楽器を手にして弾き始めたのは、
1956年春に東北大学医学進学課程へ入学したときでした。
高校時代は、剣道と受験勉強に明け暮れて音楽を楽しむ時間が、ほとんどなかったのですが、
父が耳鼻科の診療をしながらクラシック音楽に熱を入れている様子を見て、
東北大学に入ったらオーケストラでシンフォニーを演奏できるようになりたいと
熱烈に思うようになっていたのです。   
 
入学早々に片平丁キャンパスにあったオケの部室を訪ねますと、すぐに日本製のチェロを貸し与えてくれました。
これはラッキーと、NHK仙台放送局管弦楽団のチェリスト、服部正三先生に手ほどきを受けてオーケストラの練習に励み、
その秋の定期ではオーケストラの一員として、なんとか舞台に立つことができました。
 
その後は、パブロ・カザルスの弟子、佐藤良雄先生にレッスンをしていただくために、
夜行に乗って東京まで通いながら、学業そっちのけで熱心に練習しました。  
その甲斐あって、入団3年目には、東北大学交響楽団首席チェリストを務めることができて、
山本直純さんの指揮で「木挽き歌」のソロを弾くという幸運に恵まれました。
 
大学を卒業して耳鼻咽喉科の臨床医を目指すようになり、自然に音楽からも遠ざかる日々でしたが、
10年ほどが経過したある日、学生時代からカルテットを一緒にやっていた同期の仲間から
「このままでは専門馬鹿になってしまうぞ!」と半分脅迫めいた誘いがあって、再びカルテットでチェロを弾き始めました。
 
このとき以来、レッスンを受けたプロのチェリストは、仙台フィルの高橋咲子先生、
紀尾井シンフォニエッタの首席チェリストの丸山泰雄先生、
そして現在は仙台フィル首席ソロチェリストの三宅 進先生です。
 
チェロを始めて60年も経っているのに、未だに日々新たな発見があり、
私はチェロにぞっこん惚れ込んでいます。
 
結びに、「チェリストである前に人間であれ」、そして「人間に必要なのは愛だ、愛と平和だ」と
凡人を諭した、私が最も尊敬するチェリスト、パブロ・カザルスに敬意を表して、
晩年になってもチェロを弾き続けている彼の写真を添えたいと思います。


 

「チェロと私」  

     高橋 広
 

最初のチェロ

就職して間もなくの頃にチェロを買った。
たしか初任給の3ヵ月分ほどの値段だったように思う。元中学の教師だった先生に1年ほど習った。
練習日には職場にチェロを担いで行き、仕事の帰りにレッスンを受けた。
いい時代だった。
しかし、その後は公私ともに忙しくなり、転勤とともに私のチェロは長い間、押し入れに仕舞われることになった。
 
私がクラシック音楽と出会ったのは学生の頃だった。
友人に誘われてクラシック音楽同好会に参加した。
部室でレコードを聴き、仲間と語り合った。
学園祭で日本フィルのカルテットを招き演奏会を開いたこともあった。
生演奏はあまり聴くことはできなかった。
数少ない演奏会の中で1973年11月30日にチェコの巨匠スメターチェックが
日本フィルを振った「新世界」を聴くことができたのは、私にとって大きな財産となっている。
歴史に残る名演奏と呼ばれた大変感動的な演奏だった。
カザルスのチェロにも惹かれた。
 
仕事、結婚、育児等の多忙な時期が経過し、再びチェロを手にしたのは職場を退職する頃だった。
その5年ほど前にチェロ教師である友人に私のチェロを見てもらったところ
十分に使えるとのことで生徒さんに使ってもらっていた。
友人に弾いてもらうといい音が出ていた。
友人の転居と私の退職が重なり、チェロが私のもとに帰ってきたのは東日本大震災後のことだった。
 
35年ぶりに再開したレッスンは初歩からのやり直しだった。
以前習ったことはほとんど忘れていた。練習はなかなか先に進まない。
35年前に1年で進んだパートが3年以上かかった。
最近、ようやく以前の書き込みメモがない練習曲に進んできた。
少しずつではあるが音が出せるようになってきた。
ちなみに、当時使っていたウェルナーチェロ教則本、SUZUKI METHOD 佐藤良雄チェロ指導曲集を今も使ってレッスンを受けている。
ウェルナーチェロ教則本には1973年発行、定価は1,000円と書かれている。
 

現在のチェロ

こんな私のチェロに転機が訪れたのは2015年に開催された第5回1000人チェロコンサートだった。

チェロを再開し、3年目の年で未だ初心者であったが、
仲間に誘われ思い切って参加申し込みをした。
これまでにない課題と練習量の多さに戸惑いながらも東日本大震災の鎮魂と復興支援に
私も参加できることに喜びを感じながら仲間とともに練習に励んだ。
そしてコンサート当日の感動。
全国・全世界から参加した1000人近いチェリストと深い感動を共有することができた。
聴きに来てくれた友人・知人からも共感の言葉が寄せられた。
音楽の力、チェロの力を強く感じた。
 
あの感動が忘れられず、今は東北チェロアンサンブル銀河に参加し、
近い将来開催されるであろう第6回1000人チェロコンサートを念頭に練習に励んでいる。
年齢を重ねてからの練習であり腕前は遅々として上がらないが、
音を出せる喜びを感じながら楽しく練習している。
 
コンサートの後、少し欲が出て新しいチェロを求めた。
少しはいい音が出せるようになった気がする。
新しいチェロを購入したが古いチェロには愛着がある。
1974年製で私の職業生活と共に歩んできたチェロ。
簡単には手放せない。
今は、誰が弾くことになるのか分からないが、再び押し入れの中で、次の出番を待っている。


 

「銀杏とチェロ」  

 
銀杏が散っていく。
 
少し前まで大通りを三列になって、空まで届くかのようにあたり一面を照らしていた。
 
仙台の銀杏は黄金色をしている。
それまで東京で銀杏並木と言えば大学構内などにあり、少しくすんだ黄色の葉をつけ、細長くそびえているものだった。
ここでは街中のあちこちで神々しく光輝いている。木の形もどっしりとした釣鐘形が多い。
それは昔タイの寺院で見た巨大な仏頭を思わせる。
 
時折強い風に煽られて、銀杏吹雪が起きる。
そして歩道には銀杏の絨毯が敷き詰められる。天地ともに黄金色になる。
足元は落ちたギンナンが割れるから滑りやすい。チェロを背負っている時は、特に下を向いて気をつけて歩く。
 
先月中旬の東京からの帰り、駅でタクシーに乗った時、ふと見たロータリーの道の傍にも銀杏の落ち葉が溜まっていた。
ちょっと留守した間に随分と銀杏の時間が経っていた。
運転手さんに「だいぶ落ち葉になってきましたね」と話しかけると
「そうだね~、これから黄色くなるのもあるけどね。日の当たる場所の木が早いのかと思うとそうとも限らなくて、
隣り合う木で全然違うのもある。不思議だよね。銀杏にも個性があるんだよね」と言われた。
頬にあたる気持ちよい冷たい夜風と運転手さんのその言葉に、「仙台に帰ってきた~」と思った。
 
転勤で盛岡に住んでいる友人は岩手山の見えるその街の中で、ずっとチェロを弾いていたいと言う。
冷たく乾いた広い空に音が吸い込まれていく。音が終わる遠いところまで耳を澄ます。
 
人間は住んでいる土地土地で敏感になる音が違うという。

様々な楽器にしても、民族音楽にしても、その地方ならではの気候や風土や地形や地質や、
そのようなものが絡んで、そこに生きている人が生み出してきた。
リズムも、表現も、その土地ならではのものがある。
それは切り離せるものではないのだろう。
 
銀杏の木が薄くなってきた。
もうすぐ空は鈍色になり西の方、蔵王のあたりから雪混じりの寒風がおりてくるだろう。
 
ここにしか生まれない音がある。
ここでしか聴かれない音がある。
ここでチェロを弾きたい。


 

「せんくら」  

 
先週末、「せんくら」が開催された。
 
仙台市内各所でクラシック音楽に触れる機会を気軽に持てる催しで、
正式名称は『仙台クラシックフェスティバル』。
今年で11回目になる。
ハシゴして6ヵ所で聴いた。
 
初日の午前中はヴァイオリンとハープのコンサート。優しく繊細な音色に酔った。 
たっぷりの演奏を楽しんでのアンコール、「皆さんも歌ってください」と言われた。
長い妙なる前奏のあと「花は咲く」のメロディーが流れてきた。
歌おうと思った。
何度も何度も聴いて歌ってきた曲。
 
ところが胸が詰まって、口がぼんやり開くのに動かない。
顔の内部に涙がどんどん溜まっていく。
会場の歌声もぼんやりしている。
ふと横の女性を見るとその頬にも涙がつたっている。
 
演奏家の思いが音色に映り、心の襞に手を当ててきた。 
弾き手と、聴き手とが、その一瞬を共有していた。
そこにいる背景や歴史は様々だけれど、どんなものも超えてしまう力を人の紡ぐ音はもっている。
 
仙台の地下鉄に乗ってコンサートをハシゴする。
何しろ3日間で街のあちこちで100ほどのコンサートがある。
 
旭ヶ丘に早く着くと駅ナカではソプラノ歌手がオペラの有名な節を歌っている。
改札前のロビーに美声が響き渡る。何重にも人垣ができていた。
 
隣接する台原森林公園を少し散歩してみることにした。
 
ここはなんて素敵な街なんだろう。 
深呼吸する。
 
長雨の季節が過ぎ、空気は一晩で変わった。
冴え渡る秋の空に、旭ヶ丘の駅舎のアーチのデザインが美しく映えている。
 
お次はパッション溢れるヴァイオリンとピアノのコンサート。
とても贅沢だ。
この方の演奏をずっと聴いてみたいと思っていた。
こんな真近で聴かれるなんて。
そして満員の聴衆は咳をすることもなく、ガサゴソ音も立てず、息を飲んで聴き入っている。
 
いつも思うけど、これほどまで静かに聴き入るのもこの街の特長かも知れない。 
一回一回のコンサートが大切に思われている。
 
帰り道、音の余韻に浸りながら、少し高揚して一緒に行った友人と喋り、軽く食べる。
コンサートのほろ酔い気分が醒めないところに住める、そんな街の距離感、雰囲気が最高だと思う。
 


 

「練習のみち」  Y.N

   

  この9月は雨が多い。
 
 その雨の空気の中に、金木犀の香りが混じるようになってきた。
 先週は仄かに香っていたのが日に日に強くなってきた。
 
 傘をさしてチェロのケースを背負って練習に行く。
 他にも楽譜や譜面台や書類、パンパンなバッグを持って。
 もう呼び止められたとしても振り向くのも大変なほどのいでたちである。
 何かを持ち上げるにしても、カバンから物を出すにしても、ひとつひとつ動きを止める。
 バスを降りる時、エレベーターに乗る時なんかも前後左右、時には高さも目で測りながら歩く。
 チェロ優先、スペース的に方向転換できない時は自分が回り込んだり、後ずさりしたりする。
  
 そしてケースに足があたるから、スッスッとも歩けない。
 
 去年だったか、練習の帰りに道の傍のちょっとした段差に躓いて頭から転び、
 路端の巨大なカブトムシ状態になったことがあった。
 どう立ち上がろうか、カブトムシのままでちょっと考えた。
 
 やれやれ。でもこんな生活にもだいぶ慣れてきた。
 人一倍、いや楽器一倍?、手のかかるチェロだけど、もうやめられない。
 
 いつか先生みたいな音色で弾けたらいいな~。
 一人でさらう。そして練習会でみんなとあわせて奏でる。 
 楽しい。またさらう。
 
 昨日できなくて苦労してそのまま終了したところが、
 今日になるとちょっと弾けるということが出てくる。 
 ふむ。 
 発表会まであと3週間あまり。
 幾つになっても緊張感のあるひと山。少しずつ歩く。